メリット・デメリットを、簡単な表にまとめてみよう。
\ | 大統領型 | 議院内閣型 |
民意の反映 | 直接反映する | 間接的に反映する |
議会との関係 | 議会と対立すると国政が停滞する | 議会と調和的 |
政権基盤の強さ | 政権基盤は強い(任期保証) | 政権基盤は弱い(責任を問われる) |
民意との乖離 | ダメな大統領も解任が困難 | ダメな首相は解任が容易 |
上の表のことについて、私見をまとめれば、次のようになる。
「議院内閣制を原則とした上で、民意を直接反映するシステムを作ればよい」と上に述べた。
そして、その方式の一つが、「首相公選制」である。ただし、その方式を具体的にどうするかが、焦点となる。
単に「議院内閣型 & 首相公選制」をやればいい、というものではない。その失敗例は、イスラエルに見られる。
イスラエルでは、失敗した。詳しく見よう。そこでは、「首相公選制 & 比例代表制」という方式を取った。その結果は、小党分立となった。
「国政は首相に頼み、身近な要求は小党に頼む」という傾向である。強力な大統領ふうの首相ができることを国民は期待し、一方で、議会には身近な要求を期待した。……その結果は、政府と議会の分裂であり、国政の統一が取れなくなった。かくて、国政の停滞を招いた。
かくて、この「首相公選制 & 比例代表制」は失敗し、廃止された(らしい)。
[ 付記 ]さて、ここで失敗したのは、「比例代表制」と組み合わせた形の「首相公選制」である。では、「比例代表制」と組み合わせなければ、大丈夫なのだろうか? そこが問題となる。
この方式は、いわば、「大統領制と比例代表制」の組み合わせに近い。「大統領制と小選挙区制(2大政党制)」の米国とは異なる。
首相公選制は、従来の大統領型と議院内閣型の折衷型とも言える。しかし、根本的な難点もある。それは、立法の権限をどうするか、という問題だ。
(1) 首相に立法権を与える場合
首相に立法権を与えれば? もちろん、立法と行政の双方を一人で保持することになる。「ウルトラ大統領」とでも言うべきだろうか。むしろ「独裁者」と言うべきだろう。
この場合、国政の停滞は起こらない。停滞しないが、かわりに、暴走が起こりやすい。これはもう、「民主主義」というより、「独裁制」に近い。論外である。
(2) 首相に立法権を与えない場合
首相に立法権を与えなければ? もちろん、三権分立の大統領制に近くなる。
この場合、行政と立法の対立が起こった場合、国政は停滞する。アメリカでもしばしば、この問題が発生している。2001年から2002年にかけて、減税論争をいつまでも続けていた。(2002年3月になって決着したが、そのころには完全に出し遅れであった。)
これは最悪である。するにせよ、しないにせよ、どちらかにはっきり決めた方がマシだ。いたずらにいつまでも論争を続けていて、国政が停滞する、というのは、最悪である。
( ※ なお、アメリカでは、大統領制が比較的まともに機能してきたが、それは、議会において、民主党と共和党が、ほとんどそっくりな政党であるからだ。対立点は、ごく少ない。だからこそ、大きな対立や停滞はあまり起こらずに済んだ。……この点、国論が二分・三分するような国では、論外である。たとえば、アフガニスタンだ。ここでは議院内閣制だからこそ、各派が妥協できた。「勝った派が行政を独占する」というような案では、妥協はまとまらなかっただろう。)イスラエルの失敗例もある。これは、二大政党制でなく比例代表制を併用した場合だが、これだと、国政はいっそう停滞しやすい。
結局、以上のような問題があるから、立法と行政は、協調していることが好ましい。そして、どちらも選挙でいっしょに決まることが好ましい。……それが、「議院内閣制」だ。
たしかに、「議院内閣制」というのは、なかなか良いシステムなのである。行政と立法とが、密接な関係を保ちながら、かつ、暴走しないようになっている。それゆえ、世界中の多くの国で採用されている。
大統領制というものは、あまり好ましいものではないのだ。
結局、基本的には、「議院内閣制」つまり「行政と立法を、一度に選挙で決めて、両者を協調させる(独立させない)」という方式が、好ましい。これなら、民主主義が保たれるし、行政と立法の対立も発生しない。
ただ、基本はそれでいいとしても、「首相が国民から遊離したところで決まる」というのも、好ましくない。
ただし、好ましくないといっても、この問題は、直接的には、議院内閣制そのものの問題ではない。(一種の技術上の問題にすぎない。)
たとえば、自民党を見てみよう。以前は、党内の密室で、派閥の談合で決められていた。これは、好ましくない。しかし、小泉は、(一応ながらも)党員の直接選挙によって決められた。……この方式ならば、「予備選 → 本選」というアメリカ型の大統領選挙に比べて、大差はない。
だとすれば、首相の決定に民意を直接反映するか否かは、技術上の問題にすぎなくなる。その技術だけが問題だ。
[ 付記 ]
なお、「三権分立」などというのは、理想でも何でもない。司法が独立してるのは好ましいが、行政と立法はバラバラでは困るのだ。大事なのは、「司法の独立」だけだ。
次の二点を組み合わせることで、狙いは実現できる。(つまり、「議院内閣制」と「首相決定に民意を直接反映させること」が両立する。そういう技術を、具体的に示す。)
・党首公選制
・首相指名議員制度
小泉は民意を反映する形で首相になった。それというのも、自民党内で、直接投票に近い形で、党首に選ばれたからだ。
そこで、このシステムを、公的に整える。党内の議員だけで(もしくは議員の意見を優先して)党首を決めるのではなく、党員の直接投票だけで決めるようにする。そのことを国の法律で義務づける。(一種の予備選である。米国に似ている。)
党首公選制は、方式には、いろいろなものが考えられる。
第1に、アメリカふうのもの。本選の前に行ない、投票者は党員のみ。
第2に、本選の前に行なうが、投票者は(党員でなく)有権者。ただし、投票先は、(支持する)1党のみ。( ※ ただし、「支持する党」というのを厳密に定めようとすると、ちょっと困難になる。ここは、曖昧でいいかもしれない。)
第3に、本選と同時に行なうもの。まず投票する政党を決め、そのあと、その党の党首を決める。……これを実施するには、電子的な投票システムが必要となる。手動でやると、場合分けが大変で、非常に手間がかかる。
さて、この三つの方式のうち、どれがいいか?
この選挙(予備選)を、本選と同時に行なえば、有権者にとって、手間が1回、減る。そういうメリットはある。しかし、そうだとしても、手間を2回かける方が好ましい、と私は思う。
なぜか? そうすれば、「党の顔」がはっきりとするからだ。たとえば、同じ自民党でも、「小泉・自民」と「橋本・自民」では、大きく異なる。同じ民主党でも、「鳩山・民主」と「菅・民主」では、大きく異なる。「小泉・自民と鳩山・民主なら、自民党がいい。でも、橋本・自民と菅・民主なら、民主党がいい」というような人が出てくるだろう。……というわけで、「党の顔」がはっきりと決まってから、政党の選択ができるようになった方が、好ましいのである。
[ 追記 ]
党首予備選の形態は、いろいろと考えられるが、私としてはお勧めするのは、次の方法。
「一人一票で、党首一人のみに投票」
たとえば、「自民党」の「小泉」とのみ投票する。あるいは、「民主党」の「鳩山」とのみ投票する。双方に投票することは認めない。
この方式のミソは、支持政党と党首投票との分離を認めること。自民党支持で民主党の党首に投票してもいい。民主党支持で自民党の党首に投票してもいい。彼は、他党の党首に投票する権利を得るが、そのかわり、自党の党首に投票する権利を失う。
「支持政党と党首とは合致しなくてはいけない」という制限は、あってもいいが、特に必要はないと思えるので、私としては、こういう制限は不要だと思う。普通は、自党の党首に投票するはずだからだ。そうでないとしたら、野党の支持者が「首相公選制」のつもりで、自民党の党首に投票する場合だろう。たとえば、「民主党の鳩山や菅なんか、どっちも詰まらない。だから自民党の小泉に入れよう」と。
それはそれで、別に構わないだろう。有権者にしてみれば、それはそれで得である。また、自民党にしても、国民受けのする党首を得ることで、自党への得票率が高まる、という効果も出る。
この方式で損するのは、ダメな党首をもつダメな野党だ。それ以外は、みんなハッピーになる。
[ 付記 ]
党首と首相候補は、分離するといいだろう。党首の決定を法律で決めるのは問題があるが、首相候補の決定を法律で決めるのは問題ない。(従わない場合は、首相候補としての資格を喪失するだけだ。)
ただ、それは、原則としての話である。実際には、首相候補に決まった人物を、党首に選任することで、両者は、同一人物に決まるのが、普通である。
以上の (1) (2) によって、「首相公選制」の狙っていた目的は、実現できる。
(1) の「党首公選制」は、「首相を決定する」という過程において、民意を直接反映する方法である。
(2) の「首相指名議員制度」は、「首相の基盤を強めて、政権を安定させる」ための方法である。
というわけで、この方式で、「首相公選制」と同等の効果をもつものが、うまく実現できるわけだ。
なお、この方法には、大きなメリットがある。実質的には、「首相公選制」ではあるが、形式的には、「首相公選制」ではない。つまり、制度的には、従来と同じ「間接民主主義」の「議院内閣制」である。この意味で、憲法改正を要しない。
この方式は、従来型の「間接民主主義」の「議院内閣制」を保ちながら、なおかつ、「国民の民意を直接反映させる」という「首相公選制」の狙いを実現していることになる。……そして、そのために、法的な技術的方法を示しているわけだ。
[ 付記 ]
なぜこれは、憲法改正を要しないか? 本質的には、「首相に 51票を与える」および「代理投票を認める」というのと同じである。前者は、票の重みに格差を与えることになるが、この程度のことは、合理性があれば、憲法には抵触しない。
首相指名議員には、いろいろと制限が付くのが自然である。たとえば、次のように。
・ 憲法改正法案については、投票できない。
・ 歳費は支払われない。(電子的な存在である場合。)
・ 首相が勝手に首のすげ替えをできる。(人間である場合。)
実際にどうするかは、いろいろと検討するといいだろう。
「首相公選制を考える懇談会」報告書 が首相に報告され、公開された。── これを読んだあとで、論評する。
呆れた。これは、正しいとか正しくないとかではなくて、報告になっていない。ただの中学・高校生レベルの「夏休みの宿題」だ。普通の大学生なら、もっとまともなレポートを提出するだろう。仮に、私が大学教授だとしたら、こんなものを提出した学生には、「不可」点を与える。あまりにも低レベルすぎる。(文章からして、並みの学生以下だ。愚劣の極み。)
はっきり言おう。この報告書には、何も書かれていない。意味のある情報などは、何一つない。だから、ここにある3案(大統領制1案・議院内閣制2案)のうち、実際にどれか一つを実施しようとしても、とうてい実施は不可能だし、法制化も不可能だ。
核心を示そう。
この案に従って、シミュレーションをしてみようと試みるがいい。シミュレーションはできない、とわかる。なぜなら、肝心の情報が何も書いてないからだ。
たとえば、各党の候補者の票が、次のようになったとする。
自民党 …… 40%
民主党 …… 30%
公明党・保守党・自由党・共産党 …… それぞれ 7.5%
(総計 100%)
このとき、単純に自民党の候補が首相となるのか? それとも、他の党が連立して上回ったとき、そちらの候補が首相となるのか?
また、自民党が 40% の票で首相を得たら、残りの 60% の野党が連立して多数派を占めたとき、どうするのか? ここでは、少数派の首相と、多数派の野党との、対立が生じる。
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